さざなみプロダクション

さざなみプロダクションの平社員による日記

弦間雪臣のこと

私が雪臣を最初に見たのは夜空を見上げたときだった。

 

もともと、そういうキャラクターを作ったら面白いんじゃないかと思って、概要は考えたことがあった。当時まだ顔も名前もなかったけれど、存在だけは意識していた。

実在のアイドル文化というものを知ったばかりの私は、アイドル同士がSNSやコンサートのMCで披露する仲良しアピールがめちゃくちゃかわいいことに衝撃を受けた。私が創ったアイドルグループにはない「あざとさ」というか、ビジネスとしての愛くるしさ。それは本来の友情や疑似恋愛とはちょっと違う、安心して鑑賞することができるエンタメだった。

これはすごい。

そこで、キュート系の男性アイドルで、唯純と共演したことがあって、いずみくん大好き!インスタ載せていい?って感じのちょっとワガママな子がいたら面白いんじゃないかな~とぼんやり想定していた。僕ってかわいいでしょ?みたいなタイプ、私には新鮮でいいかもしれない。ちょっとワガママな子はさざなみプロダクションで扱いきれないので、他事務所くんにしよう。

そこまでは考えていたけれど、まあ、私はそういうタイプの子をあんまり愛したことがなく、扱い方がわからないし、そもそも未知の文化すぎてキャラクターが掴めないのでしばらく放置していた。他事務所くんというポジションからもわかるとおり、当然あの世界にはそういう子も居るだろうけど、私には見えない。そういう感じ。

 

そんなある日、寒い日だったと思うが、帰宅して家の前でふと空を見た。

住宅街の夜空、お向かいさんの家の屋根の上、月に雲がかかっていた。

ほぼ満月で、雲がなければ結構な月夜だ。

後ろから照らされると雲の厚みがよくわかるなあ、と思ったとき、男の子の後ろ姿が見えた。こげ茶のマッシュショートの男の子が振り返る直前くらいの、ちょうど顔が見えない角度だった。

うわっあの子だ!

と思った。

顔も見えていないのに不思議だけど、そのときは直感した。私のところへ来たのだ。

じゃあ描くか……(しぶしぶ)(しぶしぶ描くな)

そこで、描いた。アイドル前髪でたれ目でキュッとアイラインが濃い、童顔の男の子。当然メンカラーはピンク。おお、かわいい。

せっかくなら名前をつけてあげよう。きっかけがきっかけなので、最初はやっぱり「月」がつく名前がいいなと思ったけれど、まったくうまくいかなかった。本当に一個も思いつかなかった。そのうち「~おみ」って響きが似合う気がしてきて、「○臣」までは決まったのに、それ以降がまったく思いつかなかった。

大体そういうときの私は漢字辞典を見る。

「間」という字は門の隙間から見える月を表しているらしい、という情報を得て、じゃあもうそれしかないじゃんとなった。ついでに「弦」は弓なりの三日月をイメージした。私が見た雪臣はたしかに満月だったが、まあこれくらいの誤差は許してほしい。

弦間雪臣。つよそう。武将っぽい。

本人は絶対に気に入っていないだろうな。

こうして私が月影に見た男の子は姿かたちと名前を得たのである。

 

創ったはいいが、雪臣は動かなかった。

私の中に雪臣に共鳴するところがなく、動かし方がわからなかった。彼が「僕ってかわいいでしょ?」というときの気持ちが、私にはまったく理解できなかった。なんでそんなこと言うの?どういう回答が理想?当然かわいいよと返ってくる質問をなんで飽きずに繰り返すの?ということが、ひとつも解らなかった。

そもそもどうして雪臣は唯純が好きなんだろう。アイドルとしてライバル視するならまだわかるけど。誰かの特別になりたかった?いや、それは瑞稀が先にもう言った。

そんなことを考えていたある日の通勤中、歩いている私に雪臣がいきなり「遅いってなに!?」と叫んだ。

かわいい顔が台無し。

あーもう。最悪だ。

 

雪臣はたったひとりになりたいのだという。

特別なアイドルになりたい?もう二年前に瑞稀が言った。もう遅いよそんなの、って、言われるのが許せないんだって。

この世界に山ほどいる人間の中で『特別』の座を勝ち取りたい瑞稀と、この世界でたったひとりになりたい雪臣は、似ているようで全然違う。そう思うと、これまで「特別になりたい」と言ったであろうすべてのアイドルに単身で宣戦布告する瑞稀は相当な根性があるなあ。他者の存在を容認するパワーがある。

 

私は雪臣を救うことができない。

ので、書くつもりはない。慧斗を作ったときと同じで、そういう人っているからなぁと思っている。でも慧斗を作ったときと同じで、勝手に怒り出す大也みたいなやつとかがいたら、話が展開するかもしれない。

大也みたいなやつなんかそうそういない。

世界にたったひとりかもしれない。

うーん、また雪臣が怒りそうだなあ。