「あの星の名前を」という短編小説を半年かけて書いたのでその話をします。
◆最初に
唯純が自分の名前にコンプレックスを持っていたかもしれないと気づいたのは去年の冬だった。
次はどんな本を出そうと考えたときに、唯純をとりまく人たちの目線でかわるがわる唯純の話をする「上原唯純のこと」というオムニバスはどうだろうと思いついた。唯純は自分で喋るよりも、まわりの人が語ったほうがわかることが多そう。
生まれたときから唯純を見守り、事務所に履歴書を送った姉。
送られてきた履歴書の山の中から唯純を見出したプロデューサー。
あと、北条星空。
私はこれまで長編のなかの一章として「いずみとせいら」をたくさん書いてきたが、たとえば瑞稀と唯純の関係を描くとか、ESTre:am結成直前とか、大きな流れの一部で、お互いを励ましあうやりとりばかりで、あのふたりの関係だけにフォーカスしたものはなかった。
星空が唯純に強い気持ちを持っているのはわかっていた。だって唯純だもの。瑞稀がそうであるように、意志を持ってステージに上がる人にとって唯純は脅威だろう。でも唯純から星空への気持ちが全然見えてこなくていつも「かわいそうだから考えるのやめよう」となっていた。なんか、星空の片思いみたいでいやだった。
改めて唯純と星空の関係を描こうと思ったとき、星空が急に言った。
「いずみって、ぼくのことだけ名前で呼ぶよね」
あれ、ほんとだね!!!!
そこで去年の冬、私は考え始めた。なんで?
正直『みっくん』は事故だった。うっかり勝手に呼び始めたので止められなかった。『慧ちゃん』は、私がそう呼びたかったから代わりに呼んでもらった。慧斗は『慧』の文字を抱えて生まれてきた男の子だからだ。唯純が大也を『大ちゃん』って呼ぼうとして嫌がられてやめたというエピソードは、ちょっと面白いかなと思ってつけた設定だった。小さい兄ちゃんに親しみと甘える気持ちを持って、だいちゃん。大ちゃんって言うな!
でも星空をあだ名で呼ぼうと思ったことがなかった。
なんで?
星空は『星空』って名前のために生まれてきた男の子だからだな。と思った。
もうそれがあだ名みたいなもんっていうか、『ほしぞら』が彼の本名であり芸名であり愛称であり肩書である。あの容姿と生い立ちと性格すべてが『星空』すぎる。あだ名をつける余地がない!なるほど!
じゃあそれを唯純の言葉で説明しないといけない(これが一番大変な作業)。どう唯純、喋れそう?
私の難しいオーダーを受けて唯純くんは言った。
「唯純って名前はね、いまは気に入ってるんだけど」
私は思った。これは長くなる。
このとき、たしか十二月だった。
◆気づいてしまった
私は唯純と誰かの会話を書くとき、唯純の台詞だけ先に書き出すことが多い。唯純は順番どおりに喋らないからだ。メモ帳にぽつぽつ増えていく唯純の台詞。美人のお姉ちゃんと三人セットみたいで、かわいい女の子みたいに見える名前で、自分はどこからどう見ても男の子で、名前を呼ばれて返事をしたときの相手のちょっとびっくりした顔、ああ。
ああ…………。
私はメチャクチャくじけた。
そうだったんだ……
世界一きみに似合う名前だと思ってたのに。
でもわかる。名前のコンプレックスは、悔しいことに、私には、よくわかる。
ショックで一回書くのをやめた。
自分をごまかすために「広報もりくぼの日記」とか書いて遊んでた。
三月に一度友人(星空担)と会い、そこでこの話を少しした記憶がある。
「いずみってね、あの、自分の名前が、その、ちょっと、似合わないなって思ってたみたいで、あのー、嫌になって、書くのやめちゃった」
唯純くらいたどたどしい語り口から私のダメージを察してほしい。
ショック受けすぎてて草。
◆気を取り直した
昨日六カ月ぶりにその原稿を見つけて、けっこう書けているのに勿体ないなと思って、手直しを始めた。去年の私、唯純の話ばっかりしてしまった。落ち着いて、今度は星空のことを書こう。
私は実は会話シーンで出てくる星空の相槌がとても好きだ。照れ屋なのにやさしいから。
とくに褒められたときの、
「そう?ミズキに言われると自信ついちゃうな」
「まあ……当時はね?」
とか。
否定はせず、突っぱねることはなく、ちょっと照れ隠しが滲んでいて可愛いと思う。
そんなこんなで星空に優しく相槌を打ってもらい、唯純はなんとか喋り切った。よかった、ありがとう。美しい自分の名前にほんの少し居心地の悪さを覚えていたこと、テレビで名前ぴったりの天使を見たこと、だからきっといまもその名前で呼びたいんだってことを、ちゃんと喋り切れてえらい。
余談だが星空は唯純と喋るとき「彼の向かおうとしている先を邪魔しない」のがマナーだと思っていて、慧斗は「そのストーリーを追うのではなく彼の声と表情を楽しむのがポイントだ」と思っている(「わざとらしく声を潜めて」参照)。慧斗のズルさがお分かりいただけるだろうか。そう、慧斗は唯純の話をあんまり聞いてない。
ところで、自分と自分の名前があってないんじゃないかって思ってるときに、偶然美しい名前にぴったりの美しい存在を見て、「羨ましい」じゃなくて「嬉しい」と思った唯純は優しい子だなと思う。私だったら妬む気持ちが最初にきて「なんでこうなれなかったんだ私は」と思っちゃうかもしれない。
そこは唯純の愛されの素質であり、彼が根っからの『唯純』なんだなと思うポイントかな。星空も言っているが『唯一無二』で『純粋』なんだよ、唯純。自分では似合わないと思ったかもしれないが、いまの唯純は間違いなく唯純だ。
◆唯純と名前たち
書き上げてから気づいたけれど、いままで書いた作品を思い返してみても、唯純はけっこう人の名前を気にしていることが分かった。
瑞稀の初登場シーンで、緊張する瑞稀に「鏡見て、みっくんが一番かっこいいでしょ」「稀ってやつだね、ほんとに」と言う。これは瑞稀の名前を紹介したくて入れたつもりの台詞だったが、いま思えば、本当にいま思えば、唯純は瑞稀の『瑞』『稀』なところにグッときていたのだろう。じゃあみっくんって誰よ(一生言う)。
「あかつきのきら星」で、沈んでいる星空を励まそうとして出てきたのが「夜空の星の話」だったのも、いま思えば、『星空』の名前が好きだったのだろう。
あとなにがあるかな。まだありそうですね。思いついたら教えて。
◆最後に
好きな台詞を抜粋して終わろう。
「それがちょっと、えっと、いやじゃないけど、めんどくさいっていうか、あのー、気まずいなあって思っててさ」
あの上原唯純がはじめて口に出すマイナスの感情。
負の感情を言葉にするのがへたくそすぎる。育ちがいい。ほんとうにかわいい。うまく言えないにもほどがあるだろ。いやじゃないんだよね、わかる。気まずくて、ちょっとだけめんどくさい。ああわかる!
「慧ちゃんは『慧ちゃん』って顔してるし、大也も『大ちゃん』って顔してるし、みっくんは、うーん、だんだん『みっくん』の顔になってきたよね!」
自覚あったんかい。(一生言う)
瑞稀が『みっくん』の顔してないこと、唯純も気づいてたよな。そりゃそうだよな。でも呼び続けたら『みっくん』の顔になってきてるのはさすがに唯純が強すぎて怖いよ僕。
なんにでも名前をつけちゃう上原唯純が、唯一名前を付けられなかったもの。最初から(唯純にとって)正しい名前がついていた北条星空。いや、唯純のことだから、実は心の中でひそかに指さして「北条星空」と改めて名付けたのかもしれない。
あの!!これは言っておきたいんだけど!
私はあの子たち全員に「正しい名前」がついてると信じていますよ!!!
ただ、上原唯純という男の子からしたら、彼だけが自分の『唯』『純』さに気づいていないから、違和感を抱えていたのかもしれない。俺ってそんな……?って。まあ気づかないところが『唯純』だよな。羽柴朝日のちょっとした誕生日コンプレックスもそうだったけど、まわりからはどうってことないものでも、本人にしかわからない居心地の悪さってある。そんなちいさな違和感やささくれを包み込んで美しい北条星空くん、マジで天使。ハピネス。
あの上原唯純にもかつては人間らしいコンプレックスがあり、天使に救われた経験があるかもなと思った。
そんなこの短編の仮タイトルは「星を指さす」でした。
美しい星をまっすぐ指さす正しさに救われる唯純と、こちらをまっすぐに指さす純粋なまなざしに救われる星空。けっこういい関係が築けたんじゃない?と私は自画自賛したのである。