さざなみプロダクション

さざなみプロダクションの平社員による日記

ロックンロール・エニーロック

好きなアーティストがラジオでエニーロックの話をしていた。

エニーロックというのはあの、食品の袋などを開封したあとにもう一度閉じることができるスティック状のクリップのことである。イメージとしてはジップロックの口の部分だけって感じ。

もちろん主題はエニーロックじゃなくて「自分では当たり前のものが他人の生活だと当たり前じゃないことってあるよね」というような話の導入だったと記憶しているが、彼の話しぶりに感心したので残しておきたい。

詳細な口調はだいたいの記憶と長年の認識により補完しています。

 

「俺はエニーロックのヘビーユーザーで、ないと落ち着かないんです。何本もストックしてるんですよ。このまえ友人の家のキッチンを使わせてもらうことがあって、あれ?エニーロックどこ?ってなって」

なるほど。ちなみにうちにもエニーロックはない。

 

「エニーロック、使わない人もいるよね。そんなの使わないよ、輪ゴムで充分だ!って人もいるだろうし」

うんうん。私は事務用クリップで留めているよ。小回りが利いて案外便利。

 

「……あと『保存用の袋に移し替えます』って人もいるかもしれないし」

ここです。

私はここにひどく感心して「はぁ~~~」と感嘆のため息を漏らし駅のホームで拍手を送った(脳内で)。

 

これはわかりにくいだろうか。私の邪推だろうか。でも私はこの一言を、たった一言で自分を「上にも下にも置く」発言だと思ったのである。

ええいこの際邪推でもいい。彼を20年間慕ってきた私がそう感じたのだから、そうであるという前提で話を進める。

 

たぶん彼は発言してから「輪ゴムで充分だ!って人」という言い方に、自分が意図していない揶揄が含まれてしまうと気づいたのだと思う。自分はエニーロックを愛用し袋を留めているが、わざわざそんなもの使わないよ、輪ゴムでいいじゃんっていう「気にしない人」もいるよね、みたいな。まるで専用のアイテムを用意している自分が「ていねいな人」で、「そうじゃない人」と区別しているようにとられてしまうかもしれない、と。

そこですかさず「保存用の袋に移し替える人」と言ったのだと思う。つまり自分よりさらに「ていねいな人」を仮定した。少なくとも私はあの一呼吸空いた間に、その思考の動きを感じた。

自分を、一言のうちに、どっちでもある立場に置いたのだ。

とくにこれはラジオだから、誰が聴いているかわからない。あらゆる『あなた』を想定して話す必要がある。対話の中、一瞬で立ち位置を見極めるセンス。

なるほど。

 

本当にちっぽけな話題のちっぽけな一言なので、そんなのどうでもいいと思う人のほうが多いんだろう。そもそも全然メインの話題じゃなかったし。

でも私はこのたった一言に、30年間芸能活動を続けて一度も大きくイメージを損ねていない彼の気配りを見た。気がした。

ライブで二階席の端っこに向かい「遠い人もね……大丈夫、あのー、あなたのことを考えながら歌います」と言うその気配り。

美しく、生きづらいなあ。

簡単に真似ができるものではないが、他人と話すとき、心がけたいと思ったのである。