慧斗のことを考えている。
うちの看板アイドル、穏やかな顔と長い手足を持ち、おっとりと喋り、誰かに「優しい」と言われるたびに首を傾げる美青年だ。
慧斗は自分を優しいと思っていない。
でも私を含めたみんなは慧斗を優しいと思っている。
この違いってなんなんだろう。
慧斗は穏やかで人当たりがよく従順な態度をとる。まあそれが処世術というか、そうやって生きてきたから。本人はそれを優しさでやっているわけではないのだけれど、私から見たらその根底には人や生き物が好きっていう慈愛の気持ちが感じられる。
ということをぼんやり考えているときに、テキストタイプのロールプレイングゲームに慧斗を連れて参加することになり、私は慧斗として数時間の会話と思考をした。ネタバレが一番ダメなタイプの遊びだと思うので詳細は語れないが、要するに「自分とは何か」「献身とは」というような思考実験であったような気がする。
これはプレイヤーである私の考え方が浮き彫りになると同時に、私の中にいる「櫻井慧斗」の思考を繰り返しなぞることになった。
慧斗はゲームの中でも従順で大人しく、いつも相手の様子を伺いながら発言し、人の喜びそうな回答をした(かわいそう)。
でも最後の最後で、彼は底抜けの『献身』を見せなかった。
私ははじめて慧斗が他者の要求をはっきりと拒絶するところを見た。
結構びっくりしたんだけど、じゃあそもそもなんで慧斗なら断らないって思いこんでいたんだろう私は。
だって!もともと「誰かが喜んでくれるから」だけでピアス開けたじゃん!
なんでもすると思ってたのに!!
(厄介メンヘラムーブ)
それで、気づいたことがあるので文章にしてみる。
慧斗の献身とは、要するに「どうでもいい」のだろう。
ああなんだか誤解がありそう。
嫌な意味じゃないです。
たとえば出店のくじ引きでピンクの風船を貰ったとして、一緒にいる友達が前からピンクの風船がほしいって言ってるのを知ってたら、その子が持ってる青い風船を指して「これと交換しようか」って言うのは自然なことじゃないですか。
それは自分にとってそのピンクの風船が「どうでもいい」というか、こだわるポイントではなく、重要じゃないから。自分にとっては風船の色より友達が嬉しそうなのが大事だし、こんなので喜んでくれるならいくらでもあげちゃう、私は損しないし。
っていう「どうでもいい」の範囲が、めちゃくちゃ広い。
それが櫻井慧斗。そんな気がする。
その余白の広さが、他人から見ると、優しいと感じる。
損してまで私に尽くしてくれる!と、感じてしまう。
だって慧斗にとって爪の色なんて超どうでもいい。これでいいの?嬉しい?そう、よかった。黒い服?着る着る。髪も伸ばしたほうが「似合う」の?わかった。
べつに、そう、
僕は損しないし。
その範囲がめちゃくちゃに広いのだ。
いやいや普通(普通って何?)は損だと感じるし嫌だよ、好きでもない香水つけるのもピアス開けるのもマニキュアするのも。
でも慧斗はそれをそんなに重要視していない。自分の見た目や匂いがどうなってもべつにいい。それが彼の幼さで、成長によって変わるものなのか、もともとそういう性格なのか、私にはまだわからない。
だから、ついつい慧斗はなんでもしてくれると錯覚したけど、あのゲームのラストでは『拒絶』した。
いま思えば、それは彼にとって重要なものだったから、当然なのだろう。
もしかしたら慧斗ってものすごく気が強いのかもしれない……と、衝撃の発見をしてしまった。いや、気が強いというか、自分が揺らがないというか、べつに何を着ていても自分に支障がないと思えるだけの芯があるのかもしれない。
彼は私に似ているけれど、そこは私には似なかったみたい。
そう思ったとき、彼のメンバーカラーが白であることを思い出した。
私って天才なの?
イノセンシア。
それじゃん。
慧斗はメンバーカラーについてのんきに「頼まれれば何色にでもなれるし白って便利」みたいなことを言っていたけれど、あのスタンスで生きている慧斗がこの歳まで「白でいた」ことがまず異常事態だ。あんなの一瞬で誰かの好みの色に染まって元に戻れなくなっておしまいだろう。
それを、櫻井慧斗は、まだ白でいる。
ありとあらゆる人間に要求をぶつけられそれを拒絶できずに好みの色をぶちまけられても、あいつはまだ、白でいるのだ。
櫻井慧斗が偶像でいる理由を垣間見てしまった。
なんか、かわいそうって思ってたけど、櫻井慧斗はただひたすらに被害者だと思っていたけれど、私なんかには理解の及ばない側面を持った偶像なのかもしれない。
誤解されたくないので言っておくけど、私は慧斗のことを怖いって言いたいわけじゃないし、彼の無垢な幼さはいちばんかわいいと思う。かわいそうなところも相変わらずある。
でもなんかこう、キャラクターの奥行に手が触れて、慧斗が私の外側に居ることを感じた。
私の中身じゃなくて、外にいる。
私には理解しきれない思考を持った生き物として。
衝撃を受けたので、こうやって文章に残しておく。